針食い虫

備前(岡山県)で住み込みの針子をしていた女がいた。裁縫で折れてしまった針は針箱の底に納め、針供養をすることになっていた。彼女もその習いに従って折れた針を大事に集めていた。
ある日、針箱を開けると中が空っぽになっていた。不思議に思い箱をいろいろ調べていると箱の隅に小さな虫がいた。見た事もない珍しい虫だった。それを取り針刺しの上に置くと虫は這いあがっていき針をバリバリと食べ始めた。「なるほど、この虫が針を食べてたから無くなったんだ」
妙な虫であっても小さくてそれなりに可愛い。彼女は小箱に入れてその虫を飼いはじめた。もちろん餌は折れた針である。2~3か月もすると最初の大きさよりも三倍ほどに成長した。そうなると針のような小さな餌では追いつかなくなり、一体何を食べさせたらいいだろうと彼女は悩んだ。
ある日、思い切って仕立て屋の主に相談するとこの人も物好きな人で、虫の飼育を面白がってくれ使い古した鉄瓶や錆びたノコギリなどをくれた。それらを食べたのはいいが、虫は巨大化に歯止めがきかなくなってしまった。
さすがに彼女はこの虫が怖くなってしまい、虫が眠っている間に外へ運び枯草とともに焼いてしまった。
だが後になって、化け虫の恐ろしさよりも自分が化け虫にしたことへの恐ろしさが罪悪感となってきた。それがきっかけとなって京へ上り出家したという。

 

[参考文献:日本の古典・怪談・珍談奇聞]

死人の船室

上海を出航したK丸は夜の中、長崎へ向かっていた。夜だけあって静まり返っていたが、機関の音だけが不気味に音を立てていた。
Sという男が二等船室で眠っていたが自分の足を引っ張られたり、寝台の下から細い手が出てきたりして思わず身を起こした。額に手をやると寝汗がべっとりと手のひらを濡らした。彼は(なんだ、夢か)と思い再び横たえたが、あまりいい気分ではなかった。
彼がこの船に乗っている理由は、一週間前に川へ落ちて変死した友人の遺骨を郷里へ届けるために乗っているのである。他の乗客に知られると気味悪がられると思いトランクに骨壺を納めて自分の枕元へ置いていた。Sの頭には友人の死に顔や火葬場で見た頭蓋骨が次々と頭に浮かんできた。
しばらくすると彼の部屋の扉をノックする音がした。慌てて飛び起きて「どなたです?」と聞くと「俺だよ、開けてくれたまえ」とそれは確かに聞き覚えのある亡くなったばかりの友人の声であった。Sは勇気を出して扉を開けたが誰もいなかった。あまりにもこわかったのでボーイを呼んで「どこでもいいので部屋を変えてくれ」と言った。
ボーイは案外不審そうな顔もせず「そうですか、ではどうぞ」と部屋を変えてくれた。Sがトランクを取りに行こうとするとボーイは「トランクはそのままにしておいてください」と言うのでそのままにしておいた。
船が長崎に着いてからボーイがSに「あなたはあの部屋で不思議な事があったんじゃないですか?」と聞くので「変な事があったんだよ。でも君はあの時何故トランクはそのまま置いておくように言ったのだね?」と聞いた。
「あのトランクにはお骨が入ってるのでしょ?」
「どうして判ったんだ?」
するとボーイはこんな話をしてくれた。「どういう訳かあの部屋に当たった人は必ずお骨を持って帰る人なんです。そんな人がいない時はあの部屋は決まって空いているのです。船員はあの部屋を『死人の客室』と呼んでいます。そういう事であなたのトランクにも遺骨が入っているのだろうと思いました」

 

[参考文献:日本怪談実話]

同行する幽霊

この話は当時の新聞に掲載された事件である。
昭和元年2月12日の夜、大垣市のある町の自転車店へ強盗が入って熟睡中の店主F氏が殺害された。警察は必死に犯人を探し、ついに別の町の精米屋の次男であるYを検挙した。
そのYを検挙した日が、偶然にも被害者の100箇日だった。
その後は岐阜地方裁判所で公判に附せられたが容疑者の弁護士であるKが容疑者Yと面会した時に不思議な話をした。

その話というのは、Yは犯行後1か月後に東海道線米原駅のある旅館で昼飯に入った。店員が2つ箸を持ってきて一つをYの前に置きもう一つを左側へ置いた。Yは変に思い「1人できているのだが」というと店員は怪訝な顔をして辺りを見回し「あら?もう一人の方はどちらへ行かれたのですか?」と聞く。
ちなみにどんな容姿の人だ?とYが聞くと「25、26歳ぐらいの人でこんな感じの顔でした」と説明を聞いているとそれは被害者のFにそっくりだった。Yは怖ろしくなってそのままそこを逃げ出した。

Yは殺害時、斧でFの頭部を粉砕して殺害した。その時の返り血が右腕に着いたのだがいくら洗ってもこすってもとれなかったのが、検挙されて犯行を自供すると同時に綺麗にとれてしまったという。

 

[参考文献:日本怪談実話]

オバケ沢

場所は神奈川県愛甲郡にある。

大正時代、狂った女が髪を振り乱し、破れた着物を着てこの沢をさまよっていた。女は山にある蛇やトカゲなどを食べて何とか生きながらえていた。
しかし、その日暮らしの生活のため風呂に入るでもなく髪はボウボウと伸び、その姿は見るに耐えないほど醜く怖ろしい姿であった。その姿を見て里の人たちは「あの沢には化け物が住んでいる」と噂し、女をバケモノ呼ばわりするところから、この地名がついたという。
女は里の者から「オバケ」と呼ばれたことにたいそうショックを受け、思い余って投身自殺をしてしまった。

 

[参考文献:本当は怖い日本の地名]

泣く生首

京都のある学僧が師匠から関東へ行くように命ぜられた。その学僧には密かに愛し合っていた恋人がいた。しかし離れてしまうためその恋人に別れを告げた。しかしなかなか承知してくれなかった。
関東へ行く日、夜に一緒に都から出てきた。とうとう夜明けになった。
「夜が明ければ僧と若い娘の2人連れは目立つのでここで帰ってください」
すると娘は懐から匕首を抜出し、学僧の手に握らせて「この匕首で私の首を斬り、せめて首だけでも連れて行ってください」娘は初めから死ぬ覚悟でついてきた来たのである。
その純粋な気持ちに学僧は娘の願いどおり首を持って関東へ行った。

関東へ行くと仏教の学問所と知られたある寮の一室を与えられた。それから3年が過ぎ飛脚が学僧に母親の危篤を知らせる手紙を届けた。学僧は急いで都へ戻った。
その1か月ほどの事。学僧の寮の一室から女のすすり泣きの声が聞こえた。周りの僧たちが女の人が混じっているとあっては一大事だという事でその学僧の部屋へ押し入った。女の姿はなかったが確かにこの部屋から女のすすり泣きの声がする。どうやら学僧が持ってきた笈(現在のカバンみたいなもの)の中のようだ。
まさかと思いつつも中をあらためてみるとそこには女の生首が納まっていた。髪も艶々としており肌も艶やかな若い女の首が頬を涙で濡らしていた。僧たちが茫然と見ている中、その生首は灰色に朽ちて干からびてしまった。
後日、僧たちは都へ戻った学僧が急病で亡くなったことを知った。思えばその日は娘の生首が泣いた日と同じであった。

 

[参考文献:新御伽婢子]