神木の祟り

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鎌倉佐助谷の稲荷の別当は扇ガ谷に住む佐治右衛門の弟であった。社内の神木が生い茂ると誰はばかることなく、たくさん伐採して生活の糧としていた。
だが、たちまち御咎めが出て、妻子とも気が違ってしまった。それだけでも憂鬱な事だというのに年取った母は邪見放逸である時「3歳になる孫を斬ってみせよ」と催促した。
佐治右衛門はなんとも思わず「心得た」と言って無残にも孫を斬り「これを見ろ」と言ったところ老母は「ああ、心地よい」と言ってとても喜んだ。
そののち延宝8(1680)年10月20日、にわかに大雨となって雷が落ち老母の身体を二つ三つに引き裂いてしまった。
佐治右衛門は程なく自害してしまった。

 

[参考文献:新著聞集]

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