妖怪

箱の中

昔、紀遠助(きのとおすけ)という侍がいた。遠助は京都の殿様に仕えていたが久しぶりに休みをもらったので故郷の美濃国(岐阜県)に里帰りをした。
国で待つ妻への土産を馬に積み道を急いでいると橋の上に女性が立っていた。女性は手を広げて遠助を止めた。
「段の橋へ行かれますか?もしそうでしたらこの箱を段の橋にいる女の人に渡してほしいのです」
その橋なら通り道なので、遠助は快く引き受けた。
女性は「その箱の中身は絶対見ないでくださいね」
遠助は帰り道、段の橋へ寄るのを忘れそのまま自宅まで帰ってしまった。そして妻へお土産をあれこれと渡していた。そして預かった箱を見て思い出した。妻に事情を話したのだが「この箱はその女への土産なんだわ」と嫉妬し、遠助が席を外している間に開けてしまった。
「きゃあああああああ」と悲鳴を上げた妻の所へ遠助は駆けつけると妻は倒れていた。箱の中身を見たなと遠助もついつい見てしまった。中身は箱の中びっしりと詰め込まれた人間の目玉だった。
「えらいことだ、早く届けなくては」と箱を抱え馬に飛び乗った。真っ暗な道を必死で走り段の橋に着くと美しい女が立っていた。
「遅れてすまなかった」と箱を渡そうとしたところ女は「箱の中身を見ましたね。見てはいけないとイッタノニ…」と女の声が歪み形相も変わってしまった。
それに驚いた遠助は慌てて逃げ出し家に帰ると布団にもぐりこんで震えながら神仏に祈った。
「お助け下さい、お助け下さい、お助け下さい」
翌日、遠助は布団の中で冷たくなって見つかった。

 

[参考文献:本当に怖い怪談]

小袖の手

  慶長年間(1596~1615)に、京都のの知恩院前に松屋七左衛門という者がいて、娘のために古着屋で着物を買った。その頃から娘は病気となりある時七左衛門は、家の中で女の幽霊を見た。
それは娘に買ってやった着物と同じ物をきた女だった。
気味が悪いので「売ろう」という事になり置いていたところ両方の袖から女の白い手が出てきた。
そこで袖を調べてみると、肩先から袈裟がけに斬られた跡があり、縫い合わせて誤魔化してあった。
そのまま菩提寺に納め弔いをしたところ娘の病気も快方にむかったという。

[参考文献:今昔百鬼拾遺・妖怪画談全集]

化け物に骨をぬかれし人の事

  京都の七条河原(古代は死体遺棄地であり、のちに庶民の墓地となった)に化け物が出ると言い伝えられていた。
若い男どもが、金を賭けて一人で夜中にその墓所へ行って紙を杭に打ち付けて帰ってこようとした。
その時、80歳ぐらいで白髪で顔は白くやつれていたが、背は2mほどあり眼は手のひらに一つあり、前歯二つをむき出してこの男を目がけて追いかけてくる。
男は、肝をぬかして近所の寺へ逃げ込み「助けて下さい」と僧に頼んだ。
僧は長持(※1)を開けその中へ男を入れた。そのうちその化け物が寺へ追いかけてきて、つくづくと見まわしその長持のところで犬の骨をかじって食べる音がしたけれども、僧もあまりの怖さに屈んで見ておられず、しばらくして化け物も帰ったことであろうとそれならばと長持を出して蓋を開ければ男は骨を抜かれ、皮だけになっていたという。

※1 衣類や調度などを入れる蓋のある長方形の箱。大体2.6mほど
[参考文献:諸国百物語]

安部宗兵衛の妻の怨霊

豊前国(福岡県東部と大分県北部にあたる)の速水郡に安部宗兵衛というものがいた。
つねづね、女房に邪見にあたり食べ物も与えず、そのうち女房は悔しく思いながらも病気になってしまったが、薬も与えなかった。
ますます女房に辛く当たり、とうとう19歳で亡くなってしまった。
亡くなる時に宗兵衛に向かって「いつか覚えておけ、後々思い知るだろう」と言って亡くなるが、それでも宗兵衛は死骸を裏の山に捨て弔いもしなかった。
死んで7日目の夜半頃、死んだ女房が腰から下を血だらけにして、髪はバサバサで、緑がかった顔色をして鉄漿をつけ、眼を見開き、口は鰐のように大きく開き宗兵衛の寝室に来た。
氷のような手で宗兵衛の顔を撫でて、宗兵衛はちぢこまっていた。
女房はからからと笑い、新しい女房を八つ裂きにし、舌を抜きそれを懐へ入れて「また明日の晩参る。年月の恨み忘れんぞ」と言って姿を消した。
宗兵衛は驚き、貴僧高僧を頼み、大般若心経を読み、祈祷してもらい夜になると弓、鉄砲、を門や窓口・戸口に用意して待っていた。
宗兵衛は後ろ寒く思い見返ると夜中に女房が「いやはや全く用心が厳しい事ですねえ」と言って宗兵衛の顔を撫でると思ったところ、凄まじい姿となり宗兵衛を二つに引き裂き辺りにいる下女どもも蹴り殺し、天井を蹴破って虚空にあがっていったという。

 

[参考文献:諸国百物語]

海和尚

海坊主の一種だが、頭に毛はなく大きなものは1.5~1.8mほどもあり、身体はスッポンで顔は人面という。
漁師がこれを見ると不吉といわれており、魚網も役に立たない。
まれにこれを捕まえて殺そうとする時は両手を組んで涙を流しながら助けを乞う。
そこで「その代り、今後私の漁に害を起こしてはいけないよ」というと西に向かって天を仰ぐという。これは「承知した」という事で、そこで放してやる。
「和尚魚」ともいう

[参考文献:斉諧俗談]