青い目の人形

ある学校で真夜中になると校舎の2階から「ママー、ママー」と悲しげな泣き声と小さな足音が聞こえる事があった。その話を聞いた一人の教師が下宿先のおばあさんにその話をすると、彼女はその話に心当たりがあった。
放課後、生徒たちが皆帰った後におばあさんと教師とが学校に入るとおばあさんは迷うことなく2階の裁縫教室へ向かった。そして「ずっと昔に天井裏にあるものを隠した」と話してくれた。教師がおばあさんの言うとおり天井裏へ入ってみると、そこには新聞紙に包まれた青い目の西洋人形があった。
おばあさんによるとその裁縫教室は彼女が子供のころに授業を受けていた教室だったという。しかし戦争が起こった時に天井裏にこの人形を隠したのだという。この人形はかつて戦前にアメリカら友好の証として送られた人形だった。
だが戦争によって反米思想が高まるとどこの学校でも、この人形を壊し、燃やし、捨てると指示されたものだった。しかし、おばあさんはこの人形が可哀想で盗み出して天井裏に隠したとの事であった。
おばあさんはやっと会えたその人形を抱きしめた。それ以来その人形が泣く事はなくなった。今はその学校の図書館に大切に飾られているという。

実際「青い目の人形」とは1927年3月3日にアメリカから親善目的で1万体以上送られたという。第二次世界大戦によって多くは処分されてしまったが、この話のようにかろうじて隠し通された人形が各地の学校や幼稚園に飾られている。

 

[参考文献:日本現代怪異事典]

そば清

賭け事が流行っていた江戸時代の事。蕎麦屋でざるそばを15枚食べた男を見ていた客が言った。
「いい食べっぷりだな。次は20枚食べれるか賭けようぜ」
「お安い御用だ!」
翌日、男は20枚のざるそばをペロッと食べ、賭けを言い出した客は泣く泣く20枚分のざるそば代を払った。それを見ていた店主は「お前さん知らないのかい?あいつは『そば清』というあだ名で40枚ぐらいなら軽く食べれるよ」
負けた客は悔しくてもう一度勝負を挑んだ。「俺も江戸っ子だ。50枚に5両賭けよう。いくらそば清でもこれは無理だろう」
そば清は(うーん、45枚なら自信はあるが50枚は自信がないなあ」といっても5両は断るには惜しい金額。
適当な理由をつけてそば清は賭けの日を先延ばしにしてもらい商いの旅に出かけた。

山道で一休みしていると何かをひきずるような音がしてきた。ふと見ると一人の猟師が大蛇に飲み込まれていた。そば清は「ひえーー」と腰を抜かしていると大蛇は近くに生えていた赤い草をペロペロと舐めたかと思うとパンパンに膨れていたお腹がすーっとしぼんでいった。
「なるほど良いものを教わった。この草は消化を助ける薬なんだな」と大蛇が藪に消え去った後、その赤い草を摘んで江戸へ戻った。そして50枚の賭けに挑んだ。

店にはたくさんの野次馬が集まり20枚、30枚と次々と空のざるが積み上げられていく。48枚目になった時、そば清の箸が止まってしまった。喉まで蕎麦が詰まり身動きがとれない。
店主は「悪い事はいわんから、もうそれぐらいでやめておけ」と声をかけたがそば清は聞かない。「少し休めば大丈夫」と人払いをして障子を閉め、あの赤い草を舐めだした。ぺろり、ぺろりと。
外ではなかなかでてこないそば清を心配しだした。「中で寝てるんじゃないか?」野次馬たちは障子を開け息を飲んだ。そば清の姿はどこにもない。ただそこには薄暗い部屋にそばが袴を着て座っていた。
大蛇が舐めていた赤い草は人間を溶かす薬だったのだ。

 

[参考文献:本当に怖い怪談]

非通知のSOS

H君は夏闇に親戚と一緒に高原にあるキャンプ場へ遊びに行った。その敷地内には綺麗な川が流れており魚も捕れる良い遊び場だったが泊まっていたバンガローからは離れていたため、行くときは必ず携帯電話を持たされていた。
釣り好きのH君は従兄弟と一緒に川へ向かった。釣りをしていると携帯が鳴ったので母からかと思ったら非通知だった。知らない人からの電話だったので躊躇したが出てみた。すると川の水の音とともに聞いたことのない女性の声がしてきた。それは「苦しい、助けて」という声でH君がどこにいるのかと尋ねると「その川を下った先」
そういうと電話は切れてしまった。
H君は両親に電話して事情を話したら父親がすぐにやってきた。H君は助けに行きたかったが父は「誰からかわからないし、間違い電話かもしれない」と言って反対した。H君はそれでも「『その川』って言ってた」と言っても「どこの川かわからないじゃないか」と相手にしてもらえなかった。

結局バンガローへ戻った。その夜眠っているとまた携帯電話が鳴りH君が画面を見てみると非通知だった。(あの女の人かもしれない)と電話に出るとまた川の流れの音とともに昼と同じように助けを求めてきた。H君は(放っておくわけにはいかない)と思い、両親を起こした。
電話の事を話すと、本当の事かもしれないなと思ってくれたが夜だったので朝になったら様子を見に行こうという事になった。
翌朝、父とH君は川へ向かった。特に何も変わった様子はなかったが敷地外の柵の向こうは危ないので父だけが一人で柵を越え下流へ向かった。
しばらくすると、父の叫び声が響いてきた。父は柵の向こうから走って戻ってきてすぐに携帯で警察を呼んだ。
川の下流には岩場があり、そこには携帯電話を握りしめた白骨死体が見つかった。その後それは若い女性で死後半年以上経っていたという。

 

[参考文献:本当にあった怖い話]

桜と紙飛行機

Rさんの学校には大きな桜の木がある。ある日の休み時間に教室の窓から桜の木を見ていると木の枝に一人の小さな男の子が座っていた。「どうしてあんなところに?」とつぶやくとどこからか「僕の事が見えるの?」と声が聞こえてきた。
え?と思いキョロキョロしているとまだ続いてその男の子から「僕、もう何十年も一人なの、お友達になってくれる?」と言い、もう一度その男の子を見ると男の子は表情を変えずに何かを投げてきた。
それは紙飛行機だった。すると授業開始のチャイムが鳴り男の子も紙飛行機も消えてしまった。
次の休み時間にRさんは桜の木の下まで行ってみた。そこには男の子はいなかったが紙飛行機だけが落ちてきた。Rさんはそれを持って帰ることにした。
その晩、Rさんはその男の子の夢を見た。男の子は「あと1週間で友達が死ぬんだ。その前にこれを渡してくれない?」と言ってあの紙飛行機を差しだした。Rさんは「友達って?」って聞くと「君のよく知っている人。サトシだよ」と言うと消えてしまった。
翌朝、Rさんはサトシという男の子の事を考えていました。その名前に思いあたる人がいないなあと声に出しながら「さとし、サトシ…?うーん」と言っていると、おじいちゃんが「ワシがどうしたんじゃ?」と聞いてきた。
それでRさんは昨日起こったことをおじいちゃんに全て話してみた。おじいちゃんの顔つきがみるみる変わっていきそして紙飛行機を見せるとボロボロと泣き出して「へいちゃん…」とつぶやいた。
おじいちゃんは1週間後に交通事故に巻き込まれ亡くなってしまった。葬式のあと、おじいちゃんの遺影の前にあの紙飛行機があった。それを広げてみるとそこにはこう書かれていた。
「さとしへ またあえるな へいた」

 

[参考文献:本当にあった怖い話]

たった二人

Yさんが中学2年生の頃、夏休みに学校での水泳教室を終えた友人のMさんとともに自分達の教室へ戻った。3時間近くも泳いだので疲れてしまい、なんとなく椅子に腰をかけ話し出した。そのうちMさんが「怖い話をしよう」と言い出し2人で交互になって怖い話で盛り上がっていた。
そこへ廊下の方から同じクラスの数人のバレー部員の女の子達が合宿から帰ってきた。そしてその女の子達も交えて怪談話が盛り上がってきた。
すると突然教室の入り口から声がしたので振り向くと見知らぬ女の子が立っていた。誰も見覚えがなかったのだがその子は「私は6組のY子」と名乗った。そんな子いたかな?と思ったがその子も誘い一緒にみんなの輪に入ってきた。
一人のバレー部員が「怖い話をしてると霊が集まるんだってね」なんて話をすると皆怖がってしまい、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった。
そこでMさんが「では最後に…みんな知ってると思うけどこの学校で昔、女の子の首吊り自殺があったじゃない?でもどこの教室であったのかは先生たちは誰も教えてくれないね。でも私、この間聞いちゃったんだ、それは…」
「ここよ!!」答えたのはMさんではなく、Y子が目の前で首吊り死体となって現れた。
みんな叫び声をあげながら逃げ出した。Mさんは気が動転していたのでYさんが家まで送ってあげて自分の家へ帰った。母の顔を見ると一気に安心してしまった。
しばらくして夕飯を食べているとMさんから電話がかかり「見た?まだ見てないのなら今すぐテレビでニュースを見て!いますぐ!」と言うのでなんだかわからずテレビをつけた。
「本日バスが崖下に転落、全員が死亡という事故が起こりました。乗っていたのは○○中学校のバレー部員の皆さんと顧問教師の1名で合宿先から学校へ戻る途中に事故にあったものと思われます」

 

[参考文献:誰かに話したくなる怖い話]