9.11

タイトルからどんな話か予想ができると思う。
そう、あのアメリカであった同時多発テロだ。あの当時も色んな仮説が出てきた。アメリカ政府は把握していたんではないか?とかは有名な話である。
ここでは少し違う話をご紹介しよう。

あの9月11日に日本人観光客がタクシーに乗った。行先は「ツインタワーでお願いします」と言ったとたん、イスラム系のドライバーに「今日はあそこへは行かない方がいいよ」と言われたそうだ。
その日本人は素直な人だったのだろう、「そうなんですか」と言ってエンパイアステートビルへ行き、難を逃れたという。

あの時のニュース番組を思い返すとアメリカの一般市民にしろマスコミからの映像にしろ、とても近くでしかも危険のない絶妙なアングルで撮っている映像が多かったように思う。
それは実は前日に知っていたという話もある。

日本ではあの阪神大震災の時、神戸にはいつもいる外人がいなかったのと同じ事なのだろうか?

しゃもじ幽霊

ある古道具屋の女性が雨の夜、寄り合いから帰ってこない主人の帰りを諦め戸締りをして眠りに就こうとしたところ、戸を叩く者がいる。開けると雨に濡れた美しい女性が立っていた。真っ白な着物に真赤な腰巻といういでたちで、その女性は「待っていてあげて下さい。ご主人が今戻られますから」というとどこかへ行ってしまった。
しばらくすると夫が雨に濡れて小走りで帰ってきた。
その翌日、古道具屋に一組の布団が持ち込まれた。それは婚礼布団であったが売りに来た男は安価で手放した。早速店先に出すと数日で買い手がついたがなぜか数日で戻ってきた。やがて夫の母親がその布団を持って帰ると言い出し、翌日不安になった夫婦は夫の母親の家へ様子を見に行った。
するとそこには布団から逃れるようにして壁に穴をあけて腕を突っ込んでる母の姿だった。
怪しいと思った夫は布団を引き裂いてみた。そこには綿とともに色褪せた布の包みが現れた。妻がそれを開くと中から干からびた10本の指とくしゃくしゃの肉片、それも抉り取られた女性器だった。
そして夫はふと思い出した。妻が見たという女性の下半身が赤かったのは腰巻の色ではなく血に染まっていたためではないかと。妻も思いだし叫び声をあげた。
その女性の手を見た時に何か違和感があったのは指が1本もなく、のっぺりとした手のひらだけでまるでしゃもじのような形にみえたことを。

キミアキ君

神奈川県のとある中学校の卒業生に語り継がれる噂である。

その卒業生が入学したばかりの頃、最初のホームルームで先生が出席を取り始めた。その時先生が「キミアキ君」という名前が呼ばれた。苗字もなく出席簿の苗字欄も空白で、住所も「神奈川県○○市」とあるのみで保護者の名前すらない。
しかしキミアキ君自体は普通の男の子で友達と遊んだり、話したりしていた。キミアキ君の家に遊びに行った者はいなかったが噂では滅多に人のいない島の裏側という話であった。
だが入学から1年以上過ぎたある日、キミアキ君は親しい友人にも転居先を告げないまま突然引っ越して行ったという。
キミアキ君は何か事情のある人間だったのかそれともそもそも人ではなかったのか不明のままである。
他の文献では正体は「河童」だったという話もある。

海馬市蘭

筆者は今まで知らなかったので載せてみようと思う。ご存じの方には申し訳ございません。

Twitterで現れるという怪異で、呟いてはいけないとされる名前である。この言葉を呟くと死者からリプライが返ってくるという。筆者もTwitterをしているが見た事がなかった(´エ`;)

実際にTwitterでこの名前を検索すると多数のアカウントがでてくる。
そして現在はこの名前を呟いたところで大量のアカウントからリプライがあるのみで特に被害はないという。
一体どういう意味なのだろうかと今頃になって思う筆者であった。。

青い目の人形

ある学校で真夜中になると校舎の2階から「ママー、ママー」と悲しげな泣き声と小さな足音が聞こえる事があった。その話を聞いた一人の教師が下宿先のおばあさんにその話をすると、彼女はその話に心当たりがあった。
放課後、生徒たちが皆帰った後におばあさんと教師とが学校に入るとおばあさんは迷うことなく2階の裁縫教室へ向かった。そして「ずっと昔に天井裏にあるものを隠した」と話してくれた。教師がおばあさんの言うとおり天井裏へ入ってみると、そこには新聞紙に包まれた青い目の西洋人形があった。
おばあさんによるとその裁縫教室は彼女が子供のころに授業を受けていた教室だったという。しかし戦争が起こった時に天井裏にこの人形を隠したのだという。この人形はかつて戦前にアメリカら友好の証として送られた人形だった。
だが戦争によって反米思想が高まるとどこの学校でも、この人形を壊し、燃やし、捨てると指示されたものだった。しかし、おばあさんはこの人形が可哀想で盗み出して天井裏に隠したとの事であった。
おばあさんはやっと会えたその人形を抱きしめた。それ以来その人形が泣く事はなくなった。今はその学校の図書館に大切に飾られているという。

実際「青い目の人形」とは1927年3月3日にアメリカから親善目的で1万体以上送られたという。第二次世界大戦によって多くは処分されてしまったが、この話のようにかろうじて隠し通された人形が各地の学校や幼稚園に飾られている。