泣く生首

京都のある学僧が師匠から関東へ行くように命ぜられた。その学僧には密かに愛し合っていた恋人がいた。しかし離れてしまうためその恋人に別れを告げた。しかしなかなか承知してくれなかった。
関東へ行く日、夜に一緒に都から出てきた。とうとう夜明けになった。
「夜が明ければ僧と若い娘の2人連れは目立つのでここで帰ってください」
すると娘は懐から匕首を抜出し、学僧の手に握らせて「この匕首で私の首を斬り、せめて首だけでも連れて行ってください」娘は初めから死ぬ覚悟でついてきた来たのである。
その純粋な気持ちに学僧は娘の願いどおり首を持って関東へ行った。

関東へ行くと仏教の学問所と知られたある寮の一室を与えられた。それから3年が過ぎ飛脚が学僧に母親の危篤を知らせる手紙を届けた。学僧は急いで都へ戻った。
その1か月ほどの事。学僧の寮の一室から女のすすり泣きの声が聞こえた。周りの僧たちが女の人が混じっているとあっては一大事だという事でその学僧の部屋へ押し入った。女の姿はなかったが確かにこの部屋から女のすすり泣きの声がする。どうやら学僧が持ってきた笈(現在のカバンみたいなもの)の中のようだ。
まさかと思いつつも中をあらためてみるとそこには女の生首が納まっていた。髪も艶々としており肌も艶やかな若い女の首が頬を涙で濡らしていた。僧たちが茫然と見ている中、その生首は灰色に朽ちて干からびてしまった。
後日、僧たちは都へ戻った学僧が急病で亡くなったことを知った。思えばその日は娘の生首が泣いた日と同じであった。

 

[参考文献:新御伽婢子]

屍の肉を食う僧

徳水院というところにある時、亡者を連れてきて沐浴、剃髪を依頼した。
僧が誤って死骸の頭を3センチばかりそいでしまった。この事を依頼主に見咎められるのも無念だと思い、自分の口の中に肉を入れて食べてしまった。
その味がとても美味しかったので、その味を忘れられず夜になると墓所に忍び入り、土を掘り返して葬った屍の肉を切り取って食う事が習慣となってしまった。
住職が墓所が荒らされている事を知り、一夜見張っていると予想していた狐や犬ではなく同宿の僧であったので興ざめしてしまった。ひそかにその僧を呼んでその事をたずねた。
僧は涙を流し「食べないよう心を抑えようとしてもどうにも耐えられず、このような事をしました」と懺悔した。
そしてこの僧は「人との交わりも断ちましょう」と言って暇乞いをして去っていったという。

 

[参考文献:新著聞集]

蘇生した老女

番町(東京都千代田区)の小林氏のもとで長年召し使っていた老女がいた。重病となり急に病状が進んで亡くなってしまった。みんなで名前を呼んだり、周りの者が騒いでいるうちにその老女が生き返った。
ほどなくして病気は治って、死んでいた間の事を話した。
「私は広い野へ出て行ったがどこへ行っていいのかわかりません。人家のあるところへ行こうと思うけど方角もわかりません。その時、一人の僧が通ったので呼びかけたけれども、返事をしてくれませんでした。でもとりあえず、この僧の後をついていけば良いだろうと、懸命に後を追っていきました。その僧の足は速くてなかなか追いつきませんでしたが、そのうちに後ろから声をかける者がいると思ってふりむいたら蘇りました」と語った。
小林氏の親友から聞いたことである。

 

[参考文献:耳嚢]

女の想いは蛇になる

鎌倉に渡部新五郎という人がいた。その人には14歳になる一人娘がいた。
ある時鶴岡八幡宮へ参詣したところそこにいた僧に一目ぼれしてしまった。
いつしか恋患いも酷くなり命も絶えようとする時、その娘は相手の両親に「結婚させてほしい」と願いいれたところ結婚させてくれた。
けれどもまだ、歳が若すぎるので僧は疎ましく通う回数も減ってきてしまった。
娘は思い焦がれてしまい、ついに亡くなってしまった。両親は悲しみ骨を信濃の善光寺に納めようと箱に入れて一室に置いていた。
その後、今度は僧が寝付いてしまい、色々看病するけれども全く効かなかった。
僧は人を周りへ寄せ付ける事もせず、両親が戸などの隙間から覗いてみれば大きな蛇と向かい合って話をしている。
これを見て両親は嘆き悲しみ僧や山伏を読んで加持祈祷をしたけれども全く効かず、亡くなってしまった。
山に葬ったところ棺の中に大きな蛇がいて、僧の死骸に巻きついたのを共に葬ってやった。
その後、置いたままの娘の骨を善光寺に納めようと取り出してみたら、骨は皆、小さな蛇となっていた。

 

[参考文献:諸国百物語]