復讐

狐の恩愛

享和3(1803)年の春、鼠がおびただしく繁殖し、商売の品を食い荒らすことがあった。そこの主人は嫌がり、石見銀山砒藥(殺鼠剤)を用意して餌に混ぜておいた。すると4~5匹の鼠がそのあたりで死んでいた。ごみ捨て場へ遺棄した。

翌日の朝、狐の子がその鼠を食べたのであろう、ごみ捨て場あたりに死んでいた。
ある日、その者の妻が外出した時大事にしていた子供がどこへ行ったのか姿が見えなくなった。妻は悲しんでいたが夫はたいそう怒り「きっと狐の仕業であろう。狐を捕えようとして薬に当たった鼠を捨てたのではない。子狐が勝手に鼠を貪って死んだのに、わしを仇と思い最愛の子供を取るとは無道だ」と近くの稲荷神社に行って道理を説いて怒った。
翌朝、その者の庭先に死んだ子狐の死骸と我が子の亡骸がともに捨てて置かれていた。
そして井戸の中で雌雄の狐が入水していたという。

蟇の霊

伊勢の桑名町に裕福な6つになる子供が花畑に出て遊んでいた。
その時、草の陰に蟇がいたので捕まえた。石の上に乗せてその石で殴った。その傍らにはメスの蟇がいて一部始終を見て苦しい悲しい鳴き声が周りに響いた。
しかし、これぐらいの子供はそういう命の重さもわからず、ついに叩き殺して捨ててしまった。それをメスの蟇も鳴いて死んでしまった。
周りにいる乳母もいたが、情けをしらずその蟇を助ける事もしなかった。
その後、その子供は門の外で友達と遊んでいたところ、俄かに震えだし泣きだしたので家に入れた。
それでも呻き叫び、泡を吹き、汗を流し苦しんでいるのを両親は見ているしかなかった。
医師を呼んだが何をしても良くならずそのまま悶え死んでしまった。その子供の枕元に大きな蟇2匹が幻のようにいるのを医師がはっきりと見た。
この話は、その医師から聞いたものである。