鐘の音

浅野正恭という者が静岡にいた時、久能山の下を通り宿まで行っていると途中に持仏堂があり、そこからカンカンと鐘の音が聞こえてきた。ふと覗いていると20歳くらいの青い顔して頸へ白い布きれを巻いた青年がいて、その人が鳴らしていた。浅野は何やら気味が悪いと思い急いで宿へ行き宿の亭主へ聞いてみた。
それにはこんな因縁話があった。
持仏堂の青年は村の者で大病に罹り医師も難儀していたが、そこの下女が寝食を忘れて看護した為病気が癒った。
青年の母親は下女が親身に倅の世話をしてくれたので青年の病気が治りかけた頃「倅の病気が全快したらお前を嫁にする」と言った。下女は大変喜び青年が全快するのを楽しみにしていた。
しかし、全快すると青年は他から嫁をもらった。下女は悔しくてたまらず、いよいよ明日が結婚式という前夜に井戸に身を投げて死んだが、それを隠して青年は婚礼を行った。三々九度の盃をしていると1mぐらいの蛇がどこからかやってきて青年の首に巻き付いた。大騒ぎとなり蛇を捕って捨てたが、捨てても捨ててもやってくるので、その結婚は破談となった。
青年は下女の怨恨を解くために蛇の上に白い布きれを巻いて、持仏堂へ入って行ったという。

夢での争い

京の都にある某という家の事である。本妻は亡くしてしまい、腰元の女を2人召し使っていた。
一人は出雲の国、もう一人は豊後の国の者であった。
ある時、2人の女が昼寝していた。その間は畳半畳ほどあり奥の座敷に2人のうめき声がする。不思議に思い、忍んで覗き見れば2人の女の長い髪が上の方へ昇り乱れあっては落ち、又は両方へ別れなどしてなかなか凄まじい事になっていた。
ふと二人の女の枕元を見れば、小さい蛇が30cmばかりが2匹、互いに下を出したりし、喰いあって戦っている。この時一人の女が、強い歯ぎしりをして呻いた。
これをみて男は呆れ果ててしまった。
さてその晩、いつものように男は女どもが寝ている座敷へ行けば、2匹の蛇はそのまま分かれいつものように美しく梳いて結んである。
そこで男が2人とも起こした。男が「何か夢でも見たのか?」と聞くと「いえいえ、夢は見ないです」と言う。もう一人は「不思議な事ですが、人と争っている夢を見たような気がします」と言う。
そこで男は怖ろしく思い、2人ともに暇を与え、その上、二度と女性を近づけなかったという。女の妄念は怖ろしく、男より勝れるという事であろう。

女の執念が蛇になる事

土佐の国(高知県)で猟師をしている男がいた。男は40歳、女房は45、6歳であった。
この女がとても嫉妬深く、男が猟に出る時にいつも付いてきていた。
男はあまりにもしつこいので、ある時猟に出る時その女房が後から付いてきたところを見計らって刺殺した。すると傍らにあった大木の根っこから大きな蛇が出てきて男の首へまとわりついた。
男は仕方なく高野山に参ったら不動坂(※1)の中ほどで蛇が首より離れて草むらの中へ入っていった。
男は嬉しく思って高野に百日ほど滞在して、もう何もないだろうと思いやまを降りていたら不動坂のあたりで草むらから蛇が出てきてまた首にまとわりついた。

男もどうしようもなく、東へ修行へ行こうとすぐに旅立ち大津の浦(※2)に乗合の船に乗ったが沖合より全然後へも先へも進まなくなってしまった。
船頭が言うには「この中に何か訳ありの人がいるのでしょう、一人のせいで何人の人の迷惑になる」と言うので男は仕方なく首に巻いて誤魔化していた綿を取り「これのせいである」と言って蛇を見せ他の方に謝り「早く船を降りろ」と責められた。
もうこれまでだと、その男は湖へ身を投げて死んでしまった。
その時、蛇は首を離れ大津の方へ泳いでいったという。

※1 高野山登り口の坂。その上は女人結界で女は入れない。
※2 琵琶湖南岸にある船着場。大津市