乃木将軍の愛馬

日露戦争の頃、乃木希典将軍と露将ステッセルが会見して、旅順の開城のことを議した時のことである。
ステッセルが水師営のナツメの木の下で乃木将軍に贈った愛馬は、とても立派な白馬であった。その馬は乃木将軍が亡くなると、島根県の某代議士のところへ引き取られていった。
そして昭和5年にとうとうその馬は死んでしまった。その後、昭和7年に引き取った代議士も亡くなったが代議士の葬送の写真を撮って現像したところ、葬列の中に交ってあの白馬が写っていたという。

馬で飛ぶ人

文化13年(1816)の八月初旬の夜中頃、狩衣(※1)をと烏帽子(※2)を
かぶった人が馬に乗って江戸の方へ飛んで行くのを両国橋(東京都墨田区内)の茶屋にいる者が「確かに見た」と言っていたという。

当時この話は都市伝説のように言い伝えられたという。

 

※1 公家・武家がよくきた上着の一種。平安時代には普段着として、鎌倉・室町時代には礼服として着ていた
※2 元服した男子が通常の服の時に部屋の中でも被ってた帽子。脱ぐことはまれだったという