湯治場の美女

摂津国(兵庫県)に伝左衛門という男がいた。この男は腰痛持ちでそれが悪化したため有馬へ湯治へ出た。

湯煙越しに見える景色に満足し、伝左衛門は大きく息をついた。時間が早いせいか誰もいなかった。ゆったりと四肢を伸ばし身体中手ぬぐいで拭き清めていた。
そんな時である。「もし…」と、か細い声が聞こえた。男ばかりの露天風呂に女の声などするわけがない、きっと聞き違いだろうと手拭を絞って頭に乗せた。
するとまた「もし…」と声がする。恐る恐る振り返ると「わたくしも、湯に入れて下さりませ」と一糸まとわぬ妙齢の女が恥ずかしげに伏し目がちにこちらを見ている。
伝左衛門は鼻息も荒く「これはこれは、早く湯へ、風邪を引いてしまうさ」と女を湯へ招き入れた。
話す事もなく伝左衛門はちらちらと女を盗み見た。歳は25か26くらい。目鼻立ちも涼しげで、肌に弾いた湯が玉のようにのっている。
その時女が「もしよろしければ、お背中の垢をかいてさしあげましょう」と話しかけてきた。勿論断る理由など無い。「これはかたじけない。では遠慮なく」と背中を向けた。
「では」と女のひんやりとした手が伝左衛門の背中に触れる。瞬間、伝左衛門は身震いした。
そして上に下に、右に左にと心地よい強さで伝左衛門の背中を掻きはじめた。あまりにも気持ちがいいので伝左衛門はついとろとろと居眠りをしてしまった。
どれくらい経ったのだろう。伝左衛門が目覚めた時にはすでに日は暮れていた。女はどうしたのだろうと伝左衛門が振り返ろうとした時、妙な感覚が背中に走った。
あれ?と背中に手を回すとゴツゴツと固いものがあたる。触りなれた自分の背中ではない。なおも確かめつつ触っていくうち、「あっ!」と気付いた伝左衛門。立ち上がり大きく身体をひねり、月明かりの中水面に映る自分の背中を見た。
その背中には肉が全くなかった!!
まるで猫が貪り食った魚の骨のように背骨が丸出しになり、ところどころに赤い肉がこびりついていた。
あれから何時も経った今ではもう遅い。男湯に女が一人で入るはずもない。
妙な下心を持ったために肉を削られてしまった伝左衛門はいつまでもそこで呆けていた。

化け物に骨をぬかれし人の事

  京都の七条河原(古代は死体遺棄地であり、のちに庶民の墓地となった)に化け物が出ると言い伝えられていた。
若い男どもが、金を賭けて一人で夜中にその墓所へ行って紙を杭に打ち付けて帰ってこようとした。
その時、80歳ぐらいで白髪で顔は白くやつれていたが、背は2mほどあり眼は手のひらに一つあり、前歯二つをむき出してこの男を目がけて追いかけてくる。
男は、肝をぬかして近所の寺へ逃げ込み「助けて下さい」と僧に頼んだ。
僧は長持(※1)を開けその中へ男を入れた。そのうちその化け物が寺へ追いかけてきて、つくづくと見まわしその長持のところで犬の骨をかじって食べる音がしたけれども、僧もあまりの怖さに屈んで見ておられず、しばらくして化け物も帰ったことであろうとそれならばと長持を出して蓋を開ければ男は骨を抜かれ、皮だけになっていたという。

※1 衣類や調度などを入れる蓋のある長方形の箱。大体2.6mほど

吉利支丹宗門の者の幽霊の事

 伊勢の津(三重県津市)にキリシタンの信者がいた。江戸から「この者どもを逆さまに吊り、処刑してそのあと乙部(津市乙部)で火葬にした。
2~3日して日暮れ時に侍2~3人連れて古川(津市東古河町)という所を通ってみた。
すると、とても美しい女性で貴人の服を着て下女に袋を持たせて通るのを侍たちは「伊勢では見たことないなあ、どこから来たんだろうか」と不思議に思いつつ後をつけてみれば、この女性が先日の乙部の方へ行きあのキリシタンを埋めた穴へ行きひたすら骨を拾っていた。
また、連れの下女がどこからともなく2~3人出てきて同じように骨を拾いしばらくすると皆消え失せてしまった。