今回は初詣に関する記事と言うことで、三重県 答志島 九鬼嘉隆の首塚を取り扱いたいと思います。私は写真を撮ると何故か色々写り混んでしまう体質です。ですので、今回は、実体験を元に、実際に大学の時に年末年始で行ったとのことを記事にしたいと思います。ひとつは、面白半分でこういう場所でふざけないこと。
元記事で語られていた内容
もうひとつは、こういう場所で写真等は撮らないことです。是非とも、この記事を読んでいる方、読んだ方には伝わってくださるとありがたいと思います。今回の話の本題の場所となる九鬼嘉隆の首塚について。九鬼嘉隆は戦国時代の武将で、織田信長の配下の海賊大名です。伊勢志摩地方や鳥羽を根城としていて、海賊のボスみたいな人でした。
怖さが残るポイント
何故、三重県の答志島に九鬼嘉隆の首塚があるかと言うと、皆様ご存知の「関ヶ原の戦い」で、西軍に着いたためです。西軍についたため、戦に破れてしまい、この答志島で自刃し、埋葬されることになったのです。この記事は怖い話と都市伝説マガジンですので、ほとんど、歴史ネタは省いておりますが、このとき、東軍側として嘉隆に対峙したのが、実子である守隆です。この辺りのことはもし、今後の記事で扱うことがありましたら、深く掘り下げようと思います。東京の大学に行った友人と、京都の大学に行った友人から「年末年始でどこかに旅行に行こう」と旅行のお誘いを受けました。
噂と事実を分けて読む
私はそのころバイトをしておらず、特定の相手もいなかった為、予定もなかったので、「どうせ家にいても寝正月だし、行こうかな」と思い、行くことにしました。二人は小学校からの友人で気心も知れていたのですが、ひとつだけ気掛かりなことが…。京都の大学に行った友人は、いわゆる大親友の類いの友人でした。私が写り込んでしまう体質なのを知っているし、 実際に何度もその手の写真を目にしている ( 一緒に撮った写真にも何回も写り込んでいた ) 為、私が写真を嫌がっても理解をしてくれていました。しかし、東京の大学に行った友人は、友人のグループの一人で、私が写り込んでしまう体質なのを伝えても信じていませんでした。
現地の空気を想像すると見えてくるもの
日頃から、「どうせ怖がらせようとしてるだけでしょ」とか「写ったら写ったで楽しいじゃん」と言って信じてくれませんでした。しかし、後になって思えば、東京の大学に行った友人の反応も、当然かなと思います。大の大人が「幽霊が~」とか「心霊写真が~」とか言っても白い目で見られるのが普通ですから。でも、この時の旅行を期に信じてくれるようになりました 。実際に、大人になって、社会に出ると、嫌でも写真に写らないといけない機会ってあるじゃないですか。
怖い話として読み継がれる理由
今の職場でも、私が写り込む体質だと言うと、ほとんどの人は冷ややかな目で見てきます。でも、本社の総務の方だけは信じてくれているんですよ。だって入社して3年でデジカメ3台壊してるんですもん。使い捨てカメラでも、デジカメでも写り込む私ですので、とにかく当時から写真は避けていました。二人にも旅行に行く条件として「私の写真は絶対撮らないこと」と「特にお寺や神社の類いでは絶対に撮らないこと」をお願いしました。
怖い話として読み直す意味
真相を断定することはできません。ただ、こうした話が長く語られ続けるのは、そこに人が忘れられない違和感や恐怖が残っているからです。噂として距離を取りながら読むことで、元記事とは違う角度から怖さが見えてきます。
この記事の要点
- この記事は「三重県答志島「九鬼嘉隆の首塚」での心霊写真体験とは|噂の背景と都市伝説としての見方」を、日本のオカルトとして読み解くための内容です。
- 噂、伝承、確認できる情報、読者が注意すべき点を分けて読むことで、話の背景をつかみやすくなります。
- 実在する場所や人物が関わる場合は、断定を避け、安全と周囲への配慮を優先してください。
この記事の読み方FAQ
三重県答志島「九鬼嘉隆の首塚」での心霊写真体験とは|噂の背景と都市伝説としての見方はどんな話として読めますか?
日本のオカルトとして、背景、語られ方、噂が残る理由を整理して読むことができます。
この記事の内容は事実として断定できますか?
怪談、都市伝説、伝承、体験談を扱う内容では、確認できる情報と噂として語られている部分を分けて読む必要があります。
実在する場所や人物が出てくる場合の注意点はありますか?
立入禁止区域への侵入、近隣への迷惑、個人の特定につながる行動は避け、読み物として距離を取って楽しんでください。
