※これはかつて、家族が寝静まる深夜に自宅から7歳の少女が姿を消した『石井 舞ちゃん行方不明事件』に関する記事の【 パート5 】です。本記事をお読みになる前に、ぜひとも【パート1~4】をお読みください。【未解決事件】『石井 舞ちゃん行方不明事件』の真相に迫る -1- 【考察シリーズ】 。【未解決事件】『石井 舞ちゃん行方不明事件』の真相に迫る -2- 【考察シリーズ】 。
元記事で語られていた内容
【未解決事件】『石井 舞ちゃん行方不明事件』の真相に迫る -3- 【考察シリーズ】 。【未解決事件】『石井 舞ちゃん行方不明事件』の真相に迫る -4- 【考察シリーズ】 。※以下に登場する オレンジ色の ライン 、 緑色のライン 、 青色のライン はそれぞれ同色に対応しています。Kが語る 事件当時の自身の行動 24日 22時30分頃 -Kの証言- 。" 友人に電話をするために公衆電話へ向かった 。
怖さが残るポイント
そして友人に会いに行くために 車で郡山へ向かおうとするが、バッテリー上がりによって車が動かなかった 。その後、船引駅へ続く通りの自販機で缶ジュースを買って飲み、再び車のところへ戻った。ところが、やはりエンジンはかからず、車での移動を諦めて駅へと向かった"。同時刻にヨシ子さんが外出するKの姿を目撃し、「Kが南へ歩いていった」という証言と合致する。とはいえ、石井さん宅から南には店や駅があったりと、なにかと用事を済ますためには南へ向かうのが自然といえる 。
噂と事実を分けて読む
賢一さんによれば、Kの車のバッテリーはそれ以前から上がっていて、元々動かなかったという 。"郡山へ行こうとしたがすでに電車がなかったため、駅前でタクシーに乗って郡山へ向かった"。タクシーで船引駅から郡山駅まで 距離:約22km。料金:約6,000~7,000円 (1991年当時) 。Kが石井さん宅周辺をうろついていたと思われるこの日の 22時30分から23時頃 、電話ボックスの前に白い不審車両が停まっているのを近隣の住民が目撃している。
現地の空気を想像すると見えてくるもの
この車両はボンネットが開かれた状態でエンジンがかけられたままであった。車内や周囲にこの車の持ち主らしき人物は見当たらなかった。⇒ 不審車両の停まっていた電話ボックスのあったこの場所は、石井さん宅の玄関がよくみえる位置だった 。"郡山で 友人 を待っていたが来なかったため、仕方なくデパート前のベンチで夜を明かすことにした" ⇒Kによるとこの日親友から電話が入り、その彼から"精神に異常をきたした"と言われたという。そのことを詳しく尋ねるために、 須賀川市に住む友人 (親友とは別人)と郡山で待ち合わせた。
怖い話として読み継がれる理由
結果的にこの友人は待ち合わせ場所に来なかったのだが、その理由は寝過ごしてしまったためであるという。まず、この事件が起きた1991年当時は携帯電話が一般的に普及していない。つまり親友からの電話があったことが事実であるならば、石井さん宅の固定電話にかかってくるはずである。しかし、この日そういった電話があったという石井さん一家による証言はない。よしんば親友から電話がかかってきたことが事実ならば、その場で事情を聴けばよかったはず。
怖い話として読み直す意味
真相を断定することはできません。ただ、こうした話が長く語られ続けるのは、そこに人が忘れられない違和感や恐怖が残っているからです。噂として距離を取りながら読むことで、元記事とは違う角度から怖さが見えてきます。
